【本】渡邉正裕『10年後に食える仕事食えない仕事』

10年後に食える仕事、食えない仕事

10年後に食える仕事、食えない仕事

新卒の外国人採用比率増加なんて話を聞き、英語を勉強して世界に通用する人材にならないとやばいのかと漠然と思ってました。そんな、モゴモゴフニャフニャな思いを、見事に分析してくれる本です。筆者には一見同じように見える現象を腑分けする稀有な能力がありますね。こういう本大好きです。


「雇用のグローバル化」について、筆者の主張を簡単にまとめると次の通り。
グローバル化で、賃金相場が下がったり、減ったり消滅する仕事はある(「重力の世界」)
・世界中の人を相手に勝負しなければならない超競争にさらされる仕事が増える(「無国籍ジャングル」)。
・ただ、今後30年は日本は1億人の人口を維持し日本人相手のビジネスが続くため、日本人ならではの日本での仕事が残り続ける(「ジャパンプレミアム」&「グローカル」)。
・10年後に生き残るために、相場が下がったり、減ったり消滅する仕事から、日本人ならではの日本での仕事を目指すべき。


次の表がビジュアル的にわかりやすいかと。

要するに、「重力の世界」は避けなさい、「無国籍ジャングル」に挑戦したいならご勝手に、おすすめは「ジャパンプレミアム」もっとおすすめは「グローカル」と、筆者は主張しています。


私は、社会人になってからずっと法務をやってます。前職ではドメスティックな人材関係の会社で、労務トラブル、上場会社株主総会対応、契約書審査、内部統制関係を主にやってました。現職は日本以外の売上比率が50%を超える部品メーカーです。ここでは先の4つに加え、労務トラブル・契約書審査の海外案件や、CSR関係の仕事をこなしています。この本によれば、労務トラブルは「グローカル」、契約書審査は、「グローカル」(国内)「無国籍ジャングル」(海外)、株主総会対応はおそらく「グローカル」または「ジャパンプレミアム」というところです(その他の業務のカテゴリーはプロットできませんでした)。さしあたりは、10年後にさほど給料を下げることなく、何とか生き残っていけそうです。


とはいえ、弁護士資格を持っているわけではなく(ただし法学修士)、社内弁護士が大幅に増加ということになるとなかなか大変そうです。司法試験に何回も落ちた後、運よく法務職にありつけ、妻子もいるので、今さら司法試験というわけにもいきません。また、30年後も1億人の人口がいるであろう日本とはいえ、現状よりも、会社が生きていく条件は過酷になり、全体的なパイは縮小傾向にあるのかなと思います。で、10年以上後のことを考えると不安で不安で、麦酒をたらふく摂取しないと、夜も眠れません。単なるアル中なのかもしれません。


法律関係英語の読み書きはある程度できるので、これまでは、漠然と、ビジネス英語の会話能力を向上させつつ、財務の知識も増やし、あわよくば、管理部門を所轄する役員がキャリアの目標でした。しかし、この本を読んで、その目標は超成果主義の「無国籍ジャングル」への果てしない道になる可能性があることがよくわかりました。。。海外売上比率が50%を超える会社にいる以上英語は必須ですし、社会人である以上財務の知識も必要ですね。ただ、これらのスキルは、自分のブランドという点からすれば、付加的なものなのかもしれないなと思いなおしました。自分の仕事のコア以外のことに戦力を分散させるのは得策ではないですね。


その意味で、自分の必殺技とそれを客観的に示すようなものを一つ、二つ持ちそれらを磨いていくのが大事と思いました。


私の法務のキャリアは、(1)労務トラブル、(2)株主総会対応、(3)契約書審査が三本柱です。このうち、弁護士があまり手を付けないところは、(1)(2)で、これらが必殺技になるのかなと。(1)は司法試験では労働法を勉強しなくても合格するため、経験を長く積むことが有利だから。(2)はある程度手順が決まっており弁護士の使い方を心得ている経験豊富な人がいれば、敢えてコストの高い弁護士がやる必要のない仕事だからです。特に、(1)について、社労士の勉強をすると、知識もブラッシュアップされますし、運よく受かれば、箔も付くかななんて考えました。

社会人になってから、会社で生きていくために、市場価値を高めなければと考えていましたが、市場価値を高めるにあたって、自分の給与の内訳がどうなっているのかの分析は重要です。これについても、次の表で、明確に概念分けしています。これも素晴らしい。

筆者の「ジャパンプレミアム」「グローカル」を目指せ、という主張は、日本人スキルを大事にしつつ、ポータブルスキルを少しでも多くせよということなんでしょうね。
それにしても、「社内向けスキル」「会社の看板プレミアム」「規制プレミアム」を虚飾の給与であると喝破するあたり、感心するとともに、胸が痛いところでもあります。


ただ、少なくとも「社内向けスキル」の一部は、「ポータブルスキル」として転用することが可能なのかと思っています。
前の会社では、一人で法務をやってましたが、前任者が法務の体制、簡単に言うと、何かやばそうなことがあったらとりあえず法務に相談するという体制になっており、法務パーソンとしては今考えればかなり恵まれた環境で仕事をすることができました。今の会社は法務部門がないところに、初めての法務経験者として赴任しましたが、まあこれが大変でした。とにかく情報が来ないこと来ないこと。情報の風通しが悪く、本当にクリティカルな情報は部門内または特定の人にとどまり、上にも横にも拡散しない社風の会社なもんで。質問するとハリネズミになって警戒しますし、社内では比較的若い部類になるため「若造が何偉そうこくんじゃ」という反応で、入社してこれじゃ商売あがったりだなと、絶望したのを覚えています。


そこから、情報が自分のところに集まってくるにはどうしたらよいかを考え、結局地道に契約書の審査、トラブル対応、部門横断的な面倒な問題について泥をかぶることを誠実にこなしつつ(あまりに仕事をやりすぎて家庭が崩壊しつつ。ようやく修復しましたが)、またこいつに相談してみよう、相談したらトクだと思わせるしかないと思い至りました。まだ道のりは遠いですが、5年前に比べ、ずいぶん情報が集まってくるようになりました。その過程で、この人に聞けばその部門の情報を分かりやすく教えてくれるキーマンとの信頼関係も構築できました。こういう取り組みは、今の会社にいれば「社内向けスキル」かもしれませんが、「ポータブルスキル」に転用可能なのかなと。まあ、経営陣が組織がセクショナリズム化しすぎることや、情報がたこつぼ化していることに無頓着なため、こんなことをしなければならないのかなとも思いますがね。



以上が個人のキャリアについてですが、この本は、自分のいる会社やこれから就職したいなと思っている会社が、「重力の世界」、「無国籍ジャングル」、「ジャパンプレミアム」、「グローカル」のどこにいるのかについてもヒントを与えてくれます。


著者のぼんやりとした概念を明確に分析する能力には脱帽しますし、分析の切り口はかなり参考になります。ただ、読者がじゃあ具体的に自分はどうなのよ、と考えたときに、著者が具体例として挙げている以外の職種の場合、結構、もやもやしてしまいます。著者のほかの本を読めばわかるのかもしれませんが、読んでないのでわかりません(すみません。『トヨタの闇』は読みました)。その意味で、分析の切り口を頭の片隅におきつつ長い時間をかけて考えるか、友人とこの本について議論すると、さらにこの本の理解が深まるのかなと思います。