【本】竹内健『世界で勝負する仕事術』

世界で勝負する仕事術 最先端ITに挑むエンジニアの激走記 (幻冬舎新書)

世界で勝負する仕事術 最先端ITに挑むエンジニアの激走記 (幻冬舎新書)


現在フラッシュメモリで世界シェア40%を誇る東芝で、フラッシュメモリーの開発チームの一員や、プロジェクトチームのリーダを経て、現在(出版当時)東大の准教授の筆者の仕事の履歴書。仕事術というのは、やや違和感。


1.境界、隙間を狙う


東大工学部卒、東大の大学院の院工学研究科修士課程修了、スタンフォード大のMBA修了の華々しい経歴の方が、東芝に入社した時に、次のようなことを考えていたことに驚きます。こんな優秀な人に、こんなことを考えられたら、もうかなわないなあと思います。

≪人気のある分野に行くと頭のいい秀才が山ほどいるので、そこで潰しあうのは嫌だと思っていました≫ (40頁)


私は、司法試験に何回も落ち、運よく上場会社の法務担当に採用された人間です。拾ってもらった会社でも、そして今の会社でも、今のところ、良い評価を頂いているようです。嬉しいですが、頭の回転は遅く、適当で、ツメが甘く、チームで仕事をすることが不得手など、致命的な欠点もあり、なぜ良い評価をもらっているのか正直今もよくわかりません。もうすぐ化けの皮がはがれるのではと戦々恐々としています。


ただ、拾ってもらった会社では法務経験者は前任者の1人だけ、今の会社も転職時は法務経験者はゼロでした。その意味で、あくまで会社の中でではありますが、希少価値があったのかなと。希少価値を言い換えれば、人気がない分野とか、人手の少ない分野なんでしょうね。


私のことはさておき、私から見れば超エリートにしか見えない筆者がこのような考えに至ったきっかけは、≪東大卒とは言っても、開成、灘といった超一流校からストレートで入学したわけでは〔なく〕≫(39頁)、≪そこそこの進学校を卒業し、一浪してようやく東大に入りました≫(39頁)のようです。


正直よくわからない世界です。私の知り合いで、超一流校からストレートで東大に入学した人はいないので。ただ、色々な受験で成功している人は、試験で求められることを記憶し、再現する能力に長けているけれども、仕事ができるとは限らないと思います。私の乏しい経験ですが。


記憶・再現能力が高いことは素晴らしい。記憶力の貧弱な私は特に羨ましい。ただ、これに長けている人は、深く理解せずとも、記憶・再現できてしまうので、突っ込んでグチグチ考えるのが苦手な人が多い気がします。仕事を上手にやるためには、グチグチ考えて物事の内在的論理、簡単に言うと本質を捉えることが必要だと思います。これが苦手だと仕事はうまくいかないです。


もちろん、筆者のいう超一流校から東大にストレートで入学した人は、記憶・再現能力に長けているだけでなく、物事の本質を軽やかに捉えられる人もいるとは思いますが、そんな人はごく一握りではないかと。


ですので、筆者が、超一流校現役東大合格の方に何かしらの劣等感を持つ必要はなかったとは思います。とはいえ、その劣等感こそが、筆者を高みに導いたのは間違いなく、大いに共感するところではあります。


私ごときが何かエラそうなことをいうのも気が引けるのですが、成功体験と劣等感とを程よく持つことって本当に大事だなと思います。成功体験に酔いすぎると、新たに学ぼうという謙虚な姿勢は失われがちです。成功体験がないと、裏返して言えば、劣等感が強すぎると、「俺って何をやっても駄目なんだ」というメンタリティーで無気力になってしまいます。


私個人が一番充実しているなと思う瞬間は、今までとは違う自分になったなあと思うときです。違う自分になって、お金をいっぱい稼げるということではありません(もちろんいっぱいお金をもらえたら、娘にもおもちゃを買ってあげられるし、本もたくさん買えるし、酒をたらふく飲めるので、嬉しいですが)。むしろ、違う自分になること自体にワクワクするタイプです。30ウン年の人生で、今までとは違う自分になったなあと思った瞬間は6回程訪れました。その成功体験が、前に進むエネルギーを私に与え続けてくれています。他方、劣等感といえば、だいたい何をやっても自分が考えた通りにはいかないことだらけで、少なくとも、3か月に1回くらい、ドヨ〜ンと沈んで、謙虚にさせられています。。まあ、そんな劣等感があるので、バカが人並みになるには、みんなが嫌がる仕事や、誰もやっていない仕事をやらなきゃ駄目だと思っています。


その意味で、レベルは全然違うのですが、筆者のいうように≪ある分野とある分野の境界、境目をねら〔う〕≫(39頁)ことを心掛けています。具体的には、スタッフ部門の私は、職務分掌上、どの部署がやるのかわからないことは、自分で泥をかぶりながら率先して(愚痴をブーブー言いながら)やることを心掛けています。また、前の会社も今の会社も法務の経験者がいなかったという事実から後付けで、自分のスキルと競合しにくい場所で働くことは大事だなあと思っています。


やや議論が広がっていますが、筆者のような優秀な経歴の人でさえ、境界、隙間をねらっているからこそ自分があるという記述には、げんなりしました。しかし、程よい成功体験と程よい劣等感を持ち続けることこそが、成長のためには大事なんだなあと改めて認識でき、自分が考えている方向性に自信が持てました。


2.優れた技術の使い道

私はとある部品メーカーの法務パーソンです。取り扱っている部品は私のような文系でも、まあ少なくとも私が生きている間にすたれることはないと思えるような用途に使われています。おそらく、自社が発展するか否かは、自社部品を使用していない市場に、競合他社に先駆けて、部品を投入できるか否かなんだろうと思っています。その意味で、次の記述に、おお!と膝を打ちました。

≪自分たちの能力は限られているから、新たな市場をすべて予測することはできない。自分だけで新しい市場を創造できると思う方が傲慢だ。しかし、世の中には知恵を持ったいろいろな人がいるから、半導体を使って画期的な製品を考える人が必ず出てくる。だからこそ、低電力、大容量といった半導体技術を開発・発信し、世の中の新しいアプリケーションを考える人たちを刺激する必要がある。そうしないと、使い道を考えてくれる人が出てこなくなってしまう≫(72頁〜73頁)。


日本のメーカーの製品開発はガラバコス化して、世界から取り残されているという記事をよく見ます。とはいえ、これも多分に後付けの論理で、先のことは分からないけれども、最善をつくしているが、結果が出なかったらガラバゴス、結果が出れば蝶よ花よという側面もある気がします。その意味で、当社のような、一般顧客と直接の取引のないメーカーは、自社の新しい技術を開発・発信することにより、自社の直接の顧客(潜在的なものも含め)の技術パーソンを刺激しなければならないのだなあと思います。最終的に売り上げになるかどうかは別にして、顧客の技術者を刺激し続けなければならないのは、部品メーカーの宿命なんだろうなと。あとは、よっぽど独りよがりな製品でない限り、売れるか否かは運なのかもしれません、って言い過ぎですね。。