【本】飯島滋明『痴漢えん罪にまきこまれた憲法学者』

痴漢えん罪にまきこまれた憲法学者

痴漢えん罪にまきこまれた憲法学者


Twitterでこの本を紹介されているのを見て、「憲法学者って誰だろう?」と半ば興味本位でリンクを見たところ、大学院時代に非常にお世話になった方だったので、驚きました。最近ご無沙汰しており、こんな形で消息を知るとは……。


筆者が逮捕されたきっかけは、歩道を横一列に並んでゆっくり歩いていた高校生の一群を追い抜く際に、その一群にいた自転車に乗っている女子高生がよろけて筆者にぶつかったこと。それが、なぜか、太ももを触ったとか、腰を触ったとかとされ、現行犯逮捕されたようです。しかも、婚約者の前で!


私の筆者に対する印象は、本当に真面目で、こちらが恐縮してしまうくらい気を遣って下さる方。筆者を知る人で、痴漢などやるなんて思う人はいないと断言できます!私より筆者との付き合いの長い妻もびっくりしてました。1年前ながら、不起訴処分になったということで、また勤務先もそのままで、本当にホッとしました。


本書は、筆者の赤裸々な体験や、最近の事案も含めえん罪の刑事事件について概括しつつ、えん罪に関する警察、検察、裁判所、メディアの問題点を指摘するものです。私が学生の時の記憶(印象?)でいえば、憲法の先生が、憲法31条〜40条や、刑事訴訟法に関してあまり言及されていることはなく、その意味で、意義のある本と思います(エラそうですみません)。そういえば再審で無罪になった刑事事件ここ2、3年で増えているなあと、改めて思いました。


法務パーソンとしては、自分を含め、痴漢のえん罪にならないように従業員に注意喚起しなければなりませんが、その切り口で本書を分析すると、次の2点が重要と思います。

1.痴漢えん罪は満員電車以外でも起きる。
2.逮捕された場合、良い弁護士を選任せよ。

まず、1点目の痴漢えん罪は満員電車以外でも起きる、について。本書から、逮捕のきっかけとなった事実関係を引用してみます。

≪それほど広くもない歩道を六人(もっと多く感じたが、警察や検察によると六人だという)で横一列に並んでいた高校生の集団を追い抜こうとした。仲間と話しながらゆっくり移動していたためであろう、自転車に乗っていた女子高校生がよろけて私にぶつかった。
 その女性はしばらくして私を振り返ると、悲鳴を上げ、私から離れた。
 「自分からぶつかってきてそんな反応はないだろう」と思いつつも、若い女性特有の大げさな反応と考え、気にも留めずに広島駅ビル二階にある店に行った。≫(本書15頁〜16頁)


ここから、まず、「(i)満員電車では当然、歩道でも、若い女性にはなるべく近づかない、特に、自転車に乗りながらちんたら進んでいる若い女性には注意」という教訓が導き出されます。


その後、筆者は広島駅ビル二階で、逮捕されますが、筆者が警察から聞いた情報ですと、高校生の一群の一部は筆者を追跡しつつ、警察にも連絡したようです。まあ、こういう場合は、逃げてしまえば、逮捕の要件を満たしませんから、次の教訓は、「(ii)仮に若い女性にぶつかった場合は何かあるかもしれないので、周りを確かめつつ、足早に立ち去るべし」、となるでしょうか。とはいえ、広島は多少地理勘はありますが、ガード下から駅ビル二階までそんなに時間はかからないので、高校生がとっさの機転で、警察を呼びながら追跡するのは、かなり不自然ではあります。この高校生は似たようなことを始終やっているのかもしれないなあとは思いました。



次に、2点目。私の乏しい知識ですと、痴漢えん罪で現行犯逮捕された場合、やっていませんと否認すると、豚箱から出られず、裁判で負けるわ、会社はクビになるわで、実際に痴漢をやっていなくとも自白する方が、ダメージが小さいのが実態のようです。


ところが、否認した筆者は逮捕から3日目で釈放されています。その理由について、筆者は次のように述べています。

≪谷脇弁護士や足立弁護士は「とにかく早く出さないと」と懸命になり、検事に勾留請求をしないように働きかけたり、検事が勾留請求をした時は裁判官に面談し、私が婚約者と彼女の両親と広島に来た事情、痴漢があったとされる状況、痴漢などできる状況にないことを説明し、勾留請求を却下するように働きかけてくれた。警察や検察だけの言い分を聞いていたら、私への勾留請求を裁判官は認めたかもしれない。しかし、足立弁護士や谷脇弁護士による弁護活動の結果、逮捕されてから三日目の五月五日に私は処分保留で釈放された≫(本書150頁)

ということで、しっかり動いてくれる良い弁護士を選任したことが、良い結果につながったようです。筆者の事案が特殊だったからかもしれませんが、足立弁護士、谷脇弁護士は、筆者に虚偽の自白をしないようにアドバイスしたようです。仮に、満員電車で痴漢えん罪で逮捕された場合、なお虚偽の自白をしないようにアドバイスをしたか否かが気になるところではあります。釈放の判断実務(謎)に、何か変化が起きているのかも含めて。