【本】陳建一『「段取り」の鉄人』

職場の雰囲気については、よく妻と言い争い(?)になります。

妻は、「職場の雰囲気が険悪だと、それだけで仕事のモチベーションが下がる(特に女性)」という意見。
私は、「職場の雰囲気が険悪か否かについては、険悪じゃないほうがよい。でも、ぐちゃぐちゃのミスをして一切反省しない人がいたときに、職場の雰囲気が悪くなるという理由で、怒れないというのは本末転倒ではないか」という意見。「モチベーションとか甘いこといってるんじゃねえぜゴルア」みたいな。


二人が想定している場面はそんなに変わらないとは思うんですが、水掛け論になっています。良いか悪いかなら、良いほうが良いんですけど、雰囲気が弛緩することやパフォーマンスが低いのを放置するのも嫌やなあとは思ってます。


今日は、そんな雰囲気論争に終止符を打つ本です(謎)。筆者は「料理の鉄人」で有名な陳建一氏。

段取りの鉄人

段取りの鉄人

≪「怒っていると塩が多くなる」なんていうのは意外と本当のことで、やっぱり怒っていていい料理は作れない。だからこそ、調理場全体でいい雰囲気をつくっていくことが大事≫(117頁)

無意識で「つい」増やしたんだろうと思いますが、塩の量は味に直結しますから、これは嫌ですねえ。わかった、わかった。雰囲気をよくしよう(笑)。


そうなると、例えば、叱り飛ばす以外の方法で、パフォーマンスを向上させなければなりません。手間がかかりますね。そんな方法が、この本にはたくさん書いてあります。

1.最終工程を先にやらせる

筆者が社長をつとめる四川飯店では、料理人でも最初の半年はホール、つまり、お客様の注文を取り料理を出すウェイター/ウェイトレスをやらせるそうです。レストランの業務の一連の流れを把握してもらう効果、お客様とのコミュニケーションを通じてお客様が喜んでいる姿を見ることでモチベーションをあげる効果を見込んでいるそうです(72頁)。

料理人が一人前になるのは10年かかるそうですから、一人前になるまでの標準期間の20分の1を最終工程に割くんですね。自分の仕事がどんなふうに後工程につながっているのかを想像することは、しっかりした仕事をやるうえで必須です。想像するよりも、実際にやってみる方が効果的なのは間違いありません。モチベーションアップという効果も見込むとは。。。


2.ステップアップを踏まえた下仕事をやらせる

新人は下仕事をやるのが定番です。鍋洗いやら、料理に使う部材の仕込み作業などですね。鍋洗いは、重さが一キロもある中華鍋の重さに慣れる意図があり、担担麺に使う胡麻を炒る作業には焦がさぬよう鍋を振る基本の動作を憶えさせる意図があるとのこと(75頁)。

こうやって階段状に育てるのですね。。。


3.仕事の全体が見えてくるまでは、モチベーションをアップすることを重視する

≪入社して一年、二年までのスタッフたちには、あまり厳しく叱ったりすることはしない。自分が仕事を始めた当時を振り返るとすぐわかるのだが、この時期のスタッフたちは仕事を完全に把握できていないので、叱りつけるよりも「気をつけような」「次がんばろうな」と声かけすることで、やる気を持たせて成長してもらうことに期待をかけた方がいい。
 ただし、一〇年目のスタッフが簡単なミスをしたら、そのときはもちろん厳しく叱る。一〇年目のスタッフにとって現場では許されないミスだからだ。≫(159頁)


料理人が一人前になるまでに10年ということですが、管理系ですと、業務内容や会社によりますが3年くらいですかね。そうなると、半年くらいまでは、叱らなくてもよいというのはまあわかります。多少穿った見方をすれば、最近パワハラなど面倒なことに巻き込まれないためにも、何年やっても仕事を完全に把握できないとか、把握する意思のない方には、厳しく叱っても仕方がないという示唆も得られます。


4.仕事をある程度覚えたら

≪仕事をある程度覚えたスタッフたちには、僕は一回目は教えるが、二回目は何も言わない。これは、そのスタッフの成長にかかわってくる。≫(167頁)

これも納得です。最初は懇切丁寧に教えた方がよいですが、次は敢えて手を出さない。場合によってはかなりのフォローが必要なことも想定しつつ、我慢して教えない。教えてばかりだと、指示待ちになり、自分で考えて試行錯誤するという大事なメンタリティが育たないですからね。と、頭ではわかっているのですが、忍耐力が必要です。


5.一番下がやる仕事でも、本当に大事な仕事のミスの防止策

例えばパーティーがあったときに、お皿を人数分用意するという仕事。用意すること自体はそんなに難しい仕事ではないので、料理人でも一番の新入りがやる仕事でしょう。ただ、皿の数が足りないと、大変なことになります。

筆者の処方箋は、次の通り。

≪僕は必ずその場にいるスタッフ全員でチェックをするようにしている。数を数えて「よし、OK」ということで、初めて調理に入る。≫(108頁)


実際に用意する仕事は一番の新入りにやらせるとしても、間違いが許されない仕事は、用意よりもどうチェックするかが大事なんだということなんですね。しかも全員でやるんですね。全員でやることで、ミスをしないという自覚も出るでしょうし、当事者意識も新たにするでしょうし、みんなでやることで一体感も出そうですね。すごいなあ。


ただ、こんな記述もあります。

《調理場の中で仕事をするときに、ため息をつきながらやっていたり、面倒くさそうにやることは許されない。
 一年生や二年生であれば、もしかしたらつらいことがあってため息をついてしまうこともあるかもしれないが、五年、六年、あるいは一〇年もやっている者がそういう態度を取ったら、その時点で四川飯店からはさようならだ。》(89頁)

これだけでは、さすがに、解雇要件は満たさないだろうと思ってしまいます。それはさておき、仕事の全体像が見えているのに手を抜いたりするやつは許さんということで、新入りの方に優しい分、経験を積んだ人には厳しいということでバランスを取っているんだろうなあと。


その他、やや蛇足ですが、四川飯店が継承する心構えとして、「面倒くさいことを喜んでしろ」を伝えようとしているそうです。仕事をするうえで、面倒くさいことにこそ、大事なポイントがあると私も思います。喜んでしてはいませんが、私みたいに頭の悪い人間は、面倒くさいことをしてナンボと思っていますので。喜んでできたら、悟りをひらけちゃうかもしれません。