継続雇用基準の経過措置早わかり ―高年齢者雇用安定法改正―

高年齢者雇用安定法の改正の施行日が4月1日に迫ってますね。


所属している会社では、対応は終了しました。


対応案や社内説明資料の作成中、法令、ガイドライン、書籍、雑誌を随分読みましたが、難解で難解で。特に継続雇用基準の経過措置。忙しいビジネスパーソンにとっては暴力的といっても過言ではあるまい。


それはさておき、法改正の対応がまだの皆さま。まだ間に合います!継続雇用基準の改正について、簡単にまとめてみました。私の説明を聞いたベテラン人事マンや法務マンに、結構評判がよかったのでお役にたつかと。


さて、始めます。


定年を65歳未満としている会社は、次のいずれかの措置をとらなければなりません。
多くの会社が継続雇用制度を導入されているかと。

 定年の引き上げ
 継続雇用制度の導入
 定年制度の廃止

今回の法改正で、定年を迎えた従業員本人が希望する限り、基本的に65歳まで再雇用しなければならなくなりました。ここまでは大丈夫ですね。


ただ、例外が2つあります。1つめの例外は、

 会社の就業規則に定める解雇事由・退職事由(年齢に関するもの以外)に該当する場合

 ですね。

2つめの例外は、

 

厚生年金(報酬比例部分)の受給開始年齢に到達した従来の継続雇用基準を充足しない者

です。この例外は2025年3月末までの期間限定で認められます(経過措置といいます)。


この2つ目の例外の説明が分かりにくい。


従来と変わらないのは、「従来の継続雇用基準をクリアしない定年を過ぎた人を雇用しなくてよい」ということ。
変わったのは、「雇用しなくてよい年齢が引き上げられた(60歳ではなくなった)」という点です。


雇用しなくてよい年齢は、厚生年金の報酬比例部分をもらえる年齢が引き上げになったこととリンクしてます。


報酬比例部分の厚生年金とは、収入額によって貰える額が違う厚生年金のことですね。これをもらえる年齢が、引き上げになりました。これまで60歳でしたが、今年の4月から段階的に引き上げられることになりました。こんな感じです


この点を踏まえ、2つ目の例外を、敢えて言葉にすれば、次の通り。

会社は、従来の継続雇用基準をクリアしなかった定年を過ぎた人を報酬比例部分の厚生年金をもらえる年齢「まで」は雇用しなければならない。
ただ、その人が報酬比例部分の厚生年金をもらえる年齢になったら、会社はその人を雇用しなくてもよい。

少しわかりにくいかもしれません。法改正前後の、再雇用義務の有り無しについて、表にまとめてみました!



黄色のセルが、法改正前の再雇用義務。
緑色のセルが、法改正後、経過措置期間中の再雇用義務。
青色のセルが、期間後の再雇用義務。


さて、このように、再雇用しなくてよい場合を設けるには、条件があります。今年の3月31日までに再雇用基準について労使協定を締結していることです。お忘れなきよう。

【本】松本幸夫『納得しないと動かない症候群』

他者の言動を変えさせるのは生半可な覚悟ではできない。他者への愛とそれに勝る自分への愛が必要。

27年以上企業の新人研修をしている著者による「最近の若者はちとおかしい、このままでは日本がだめになる」という憂国の思いが募りに募って、一冊の本に。


著者は、これを「納得しないと動かない症候群」と呼ぶ。例えば

(1)研修の合間の休憩ですら、休憩をする理由をこと細かく説明しないと休憩しない若者。
(2)自分が納得できない話はレベルが低いと判断する若者。
(3)結論、ノウハウを知りたがり、人生訓には無反応な若者。
(4)相づちを打たない若者。
(5)世話話をしない若者。
(6)考えない若者。
(7)研修を受けても、現場でどうやるのかを聞く若者。


著者は、ここでいう「若者」を平成生まれとしている。
わが社にも平成生まれのピチピチしたのがおります。個人的にこれは耐えられんと思ったのが、「(2)自分が納得できない話はレベルが低いと判断する若者」ですが、この超上から目線君には遭遇してないです。幸いにして。
6〜7年前でしょうか、シュガー社員とかいう言葉がはやりましたな。平成生まれでなくても、上に当てはまる方はシュガー世代(?)に多くいるような気がします。
私は、油断してるとあっという間に40になってしまうお年頃ですが、上の7つのうち、「(5)世話話をしない若者」には確実にあてはまります。
著者が1958年生まれで、平成生まれだと1989年以降の生まれ。著者が違和感を端的に感じているのは、1989年生まれ以降としても、徐々に上のような特質を持つ若者が増えているというのが、個人的な実感。


さて、そんな「納得しないと動かない」若者に対する、著者の処方箋にドン引きしたです。ハイ。


まずは仕事の頼み方。

全体像を示せ、そしてその仕事をしてもらうメリットと具体的なやり方をクドいくらいに示しつつ、そんなこと知ってるよとかプライドを傷つけないように頼む。

うん。ドン引き。ここまでやらなきゃダメなやつはさっさと辞めちまえとまず思いました。多くの法務パーソンが直面するであろう、法律のことはチンプンカンプンだけど、プライドが非常に高く、社内での影響力がやたら強い上司(役員)へ上申する際の注意点みたいですなあ(苦笑)。でも、これくらいやらないとへそを曲げる若い人は確実にいますね。やってもできない若い人もたくさんいる(微笑)。


次に、誉め方。

誉めた理由を示す、誰も指摘しない長所を誉める、第三者から誉めが本人に伝わるよう仕組む。

うん。そもそも誉められないと仕事やらないという、精神構造が気に食わない。誰も指摘しない長所を誉めるなんて、対象者への愛がないと難しいところ、この種の輩は、愛=ある種尊敬を感じるような何かは全く持ってないのが個人的な感想。


処方箋に書かれていることを遂行するには、対象者への愛と、愛が多少足りなくても部下を何が何でも動かしてパフォーマンスを上げるとか、自らの新しい可能性へのチャレンジといった、自分への愛がないと難しい。少し噛み砕くと、結果を出したり、自分が成長するためには、自分のプライドなんぞかなぐり捨てよってことですかね。


自分は怒られて育ってきたとか、抽象的な指示でも自分なりに仕事の全体像や意義やらを足りないなりに考えてきたとか、自分の個人的な経験を押し付けるタイプの教育は、役に立たなくなっているんでしょうね。。


よくビジネス本に、過去の成功体験にとらわれるななんて、書いてありますが、それに類比的な話かもしれませんね。


話が錯綜したので整理すると、「懇切丁寧に手間暇かけないと自分を変えられない人に手間暇かけるのは無駄だよね」という意見と、人は無限の可能性を持っているのでいかようにも導けるという意見の間で、どんなバランスをとるのかという問題です。


私は前者に相当重きを置いていますが、バランスを取る地点を後者よりにした方がよいのかなとこの本を読んで思いました。バランスを変えるのは、指導する人への愛と、もっともっと成長したいという自分への愛が必要だろうと思いますが、そんな愛が私にあるのかしら、と考えさせられました。

合掌 米長邦雄実力制第八代名人逝去

将棋連盟の米長邦雄会長が逝去されました。びっくりしました。
1●年ぶりに買った将棋世界天童市での将棋祭りにいらっしゃらなかったなあと思い至った次第。

最近将棋関係の投稿が続いていますが、これは娘が将棋に興味を持ったから。そもそも私が将棋に興味を持ったのは米長先生の著作から。高校生だった私は米長先生の著作を読み漁るうちに、次の名著に出会ったのでした。



高校生だった私は、人間は借り方よりも貸し方になる方がよい、という記述(今手元にないので、あいまいな記憶)に、雷を受けたかのように衝撃を受け、感動したのでした。大地主だった米長先生のご実家が農地解放やらで戦後貧乏になったのは国に対する貸しだ、という文脈だったと記憶しています。


この本をきっかけに米長先生への尊敬はさらに深まり、将棋界への興味は米長先生が名人である間続きました。


米長先生が名人になった日は、高校生だった私は、柔道で鎖骨を折り全身麻酔の手術を受けた日でした。手術の次の日、病院を訪れた父親に「米長さん名人になったよ」と伝えられ、病院のベッドでガッツポーズをしたのを憶えています。今も手術痕は残っています。折った鎖骨はいまだに多少折れ曲がっています。傷痕や鎖骨を見ると米長先生を思い出します。


貸し方になる方が良いという考え、今考えると、私の人生の骨格を作っている気がします。とはいえ、私自覚していないものも含め、親からの借り、先輩、先達からの借りはいっぱいあるので、自分が貸し方とはとても言えません。せいぜい、悪いことがあればその分だけ良いこともあるぞという楽観的な人生観でしょうか。


佐藤優氏は、人の内在的論理を探るには20歳前後にどんな本を読んだのかがポイントである旨著作で述べていました。その意味で、私の内在的論理を形成した本だったのかなと。実家に置いてあるので、正月に帰省した際に、読み直してみようと思いました。


それはともかく、5歳の娘に将棋に興味を持ってもらうのが、私ができる供養なのかと考えております。これは何が何でも将棋に興味を持ってもらわねば。


米長邦雄実力制第八代名人、永世棋聖のご冥福をお祈りします。

【漫画】南Q太『ひらけ駒!3』

ひらけ駒!(3) (モーニング KC)

ひらけ駒!(3) (モーニング KC)

娘が将棋に興味を持ち始めたんで、教える自分の将棋への情熱が切れないようにと軽い気持ちで買った漫画にはまり、ついに3巻目突撃。


将棋のプロを目指すであろう小学生の宝君とお母様の交流を描くほのぼの将棋漫画です。


宝君の影響か、お母様(樋口可南子似)が将棋を習い始め、大会に出てしまいます。そして、宝君のアドバイスを思い出しながら、2連勝(ただ、そのあと2連敗)。こりゃ本番に強いタイプやな。羨ましい(笑)。


宝君も順調にアマ三段に昇段。ところがその後、ややスランプに。お母様が本番に強い肉食系とすると、息子の宝君は草食系な感じ。


さて我が家庭では、モチベーションを下げないために2局娘と指し、いずれも負けてあげましたが、ムスメ曰く「ぱぱはルールは詳しいけど、しょうぎはよわい」とはしゃいでます。。わざと負けてあげているんだけどという言葉を胸に、ムスメが将棋にはまるまで、我慢の日々です。。。


それにしても、今は女性が将棋を始めるにはなかなかよさそうな環境ですねえ。男性が大会にでるのは結構ハードルが高いという印象がありますが、女性は初心者の大会なんてあるんですね。。。ムスメにはルールと駒組みなんぞ憶えてもらい、大会なり道場なりで鍛えられ、早く強くなって、私がいろいろ教えてもらう、そんな日を夢見て、今日も詰将棋


それにしても、この2週間くらいで、私400問くらい詰将棋をこなしてますが、すごい情熱。英語もこれくらいの情熱でやれればと思いますが、まあ人生うまくいかないものです。

【漫画】南Q太『ひらけ駒!2』

ひらけ駒!(2) (モーニング KC)

ひらけ駒!(2) (モーニング KC)

娘が将棋に興味を持ち始めたんで、教える自分の将棋への情熱が切れないようにと軽い気持ちで買った漫画にはまり、つい2巻目。


将棋のプロを目指すであろう小学4年生の宝君とお母様の交流を描くほのぼの将棋漫画です。


宝君のライバルになりそうな小学校1年生の男の子や、0.5秒で指す小学校2年生の女の子が出てきます。人と指した経験が30局くらいしかない私でも、小さい子に0.5秒で指されたら嫌やなあと思ってしまいました。しかも、小学校2年生の女の子、大人をなぎ倒して優勝してるし。この女の子は、本人いわく自分より弱いお兄さんの刺身のつまみたいな扱いを親にされているのが伏線なのか、少し気になります。


それはともかく、小学校1年生の男の子に対する宝君のお母様の敵愾心すげえよ。楚々とした樋口可南子似の美人が「絶対負けるな」とか言うてますし。それもほのぼの。


2巻では、宝君が将棋にはまったのをきっかけにそんなお母様も将棋の大会に出ることになります。大会前に、すでに有段者の宝君がほぼ初心者のお母様に教えてあげるよ!と言い、お母様が抱きしめるなんてくだりがきゅんとします。私も娘に抜かれて、早く娘に教えてもらいたい。。。。


そんな妄想実現のため、現在、詰将棋やら手筋の本を通勤電車で読んでおります。

【漫画】南Q太『ひらけ駒!1』

ひらけ駒!(1) (モーニング KC)

ひらけ駒!(1) (モーニング KC)

5歳の娘が将棋に興味を持ち始めたもので、このまま興味を持ち続けてくれたときに備え、私もそれなりに娘に将棋を教えられるよう再勉強中です。


これまで将棋への関わり方が、自分がやるよりもトッププロの人間模様に興味があった方です。なので、自分の気持ちを切らさないために、形から入るってな感じで、気楽に買ってみた漫画です。


そんな気楽な気持ちでしたが、将棋にはまった小学生の息子と母親のやり取りがほのぼのしてて面白いです。


先はわからないながらも、おそらく小学生はプロを目指すのでしょうが、母親は『聖の青春』などを読んでいるくだりがあり、プロの厳しさなどを示唆しています。

聖の青春 (講談社文庫)

聖の青春 (講談社文庫)

さあて、続きが気になりますが、とりあえず、将棋にはまった宝君とそのお母様の描写には父親が出てきません。お母様は宝君が小学校にもかかわらず、夕食も作っているし、せいぜい働いていたとしてもパートさんなんだろうとは思います。父親がいるのか否かが、とりあえず気になるところです(笑)。それにしてもお母様樋口可南子似の素敵な方ですね。

娘が将棋を

先々週、5歳の娘曰く、「ぱぱ、しょうぎやりたい」と。


おお、パパは、高校生のとき将棋連盟の米長会長が大好きで、米長会長が名人になる前後は、週刊将棋やら近代将棋やらを毎号購読してましたよ。米長会長が名人位を羽生先生に奪取されてから、そういう新聞やら雑誌やらは買わなくなりましたけど。ちなみに、米長会長が名人になった日は、柔道で鎖骨を折って、全身麻酔の手術を受け、今も手術痕やら、折った鎖骨はいまだにボコッとなってるので、傷痕や鎖骨を見ると米長会長を思い出します。


私、将棋のルールは知ってますし、将棋の棋譜なんぞもある程度は読めますが、基本観戦系でした。こんな素敵な棋士がいるみたいな。


我が娘なので、相当えこひいきなところはあるにせよ、娘は数字のセンスのある子ですし、記憶力が三十代後半でアルコールに脳が相当やられているおぢ様(おれおれ)に比べ(比べるなって)相当ある子です。まあ、要するに賢いってことですね。


「ぱぱ戦争ってなんで起きるの」とか、4歳の時に聞かれて、返答に窮しました。最近は、「わたし、16ってすうじ、だいすき」と、のたまうので、「なぜ?」と聞くと、「16はねえ、はんぶんにすると8になるでしょ。8をはんぶんにすると4になるでしょ。4を半分にすると2になるでしょ。2を半分にすると1になるでしょ。そうしたら、みんなケンカしないでおなじものをもらえるじゃない」と。


すごいなあ。年長さんのくせに割り算もできますし、数なるものの本質を的確にとらえています。しかも、平等の観念さえも無意識ながらその本質を捉えており、親ばかの私は感心した次第。


資金的な関係で、小学校受験はさせませんでした。私がそっち系で燃え尽きたんで。とはいえ、頭は鍛えれば鍛えるほどよくなると思うので、将棋やりたいという娘の申し出は渡りに船でございます。



そんなわけで、へぼ将棋な私としては、将棋の面白さとルールを教えて、娘がどう反応するかを見ようと。


軟弱なもんで、まずは形から。娘のテンションを上げるためにも、セットは大事です。途中で興味がなくなるリスクも勘案し、長考の末選んだのが、次の将棋セット。

NEW スタディ将棋 (リニューアル)

NEW スタディ将棋 (リニューアル)


選択のポイントは、(1)木の駒と盤であること、あ〜んど、(2)駒の動きのルールでやる気がなくならないようにすること。値段も手ごろですし、注文。将棋に興味を持つか持たないかレベルですと、敢えて何か買ってあげたという事実をもって、子供のテンションを上げるというのもありかなと。



へぼながら、駒の動きと、王様を取ったら勝ちなゲーム、成るのルールをクイズ形式にして面白おかしく伝えました。併せて、簡単に、頭金の事例を中心に、詰将棋を何題か。


その後、上記の将棋セットには、最初に歩なし将棋をやれと書いてあったので、その旨提案したところ、却下。平手でやるぞオラァと。そんなわけで、筋の悪い手をなるべく刺さず、ヒントをちりばめながら、平手で負けてやりました。


その後、歩なし将棋をやるというので(←優しい〜)、中盤まではまじめにやりつつヒントをちりばめながら、終盤で詰まされてやりました


駒の動きはマスターしたようですが、取った駒を打つあたりまだ怪しい感じではありますが、それなりに楽しんだようです。


しばらく、いっぱい負けてあげて、将棋って楽しいと思ってもらえればと思ってます。それなりに強くなり、将棋ラヴになったタイミングで、どこかの道場に送り込もうかと、ついでに私も道場デヴューなんて考えてます。


自分もかなり将棋勘が鈍っていますし、ムスメが少しでも強くなるように、将棋を改めて勉強しなおしてます。ある程度明確な目標があった上で、勉強すると、吸収する速度も速いですね。あと、子供との接し方ですが自分が楽しいとか勉強になるとか思うことを一緒にやるのがストレスフリーですね。さらに、ムスメに将棋を教えるにあたり、楽しいなあ将棋と思ってもらうことを最優先にしてますが、こんな配慮は部下の育成にも通じるのかなあと、思いましたとさ。